あのSnow Manのこと綴らせて下さい

ジャニーズのSnow Manのことを綴ります

もうSnow Manは傾(かぶ)かなくなってしまうかもしれない

 

 緊急事態宣言が出たため、『滝沢歌舞伎ZERO2021』の公演が一部中止になった。

 これについて、Snow Manたちが発したコメントや言動、動画に対して、簡単にいうと「それはないんじゃない」「私たちの気持ちに寄り添ってくれてない」「笑えない」といった不満が出て、それがSnow Manたち本人の知ることとなる事態が発生した。

 そして、これについて、さまざまな意見があふれた。

 

 私はそもそも落選組なので、当選していたのに行けなくなった人の気持ちは真に理解できないし、現在の時点で観劇できた人の気持ちもわからない。

 それぞれの意見は、そうだよなと思うところも、それはわからないなと思うところもある。

 でも、それは個人の感情や考えであって、それをどうこうすることはできない。

 ただ、それをSNSで発しようとするとき、それが世界中の人が閲覧できる環境にあるとするなら、ある程度のマナーやルール、そして“気づかい”は必要なのでは、と考える。

 

 しかし、この“気づかい”も人によるところがあって、自分では「これくらい言っても大丈夫」と思っていても、他人からすると「そんなことを言うなんてヒドイ!」ということになる場合もあるので難しい。

 この明確な基準を作ることも難しいから、永遠のテーマであるといえる。

 

 ただ少しでも普段とは違うテンションの感情を吐き出そうとしてSNSを利用するならば、“賛成”だけではなく“反対”の意見も出る確率は高くなるということは認識しておく必要があると思う。

 そのうえで “賛成”だけにまみれたいと思うならばSNSそれぞれに搭載された機能を利用するなどの工夫は必要かと思う。

 

 

 配信に関しても「当選して行けなくなった人に対してだけ見せるべき」的な意見があったようだが、そう思ってしまうのはしかたがないこととして、そもそもチケットを入手する権利は誰にでも平等に存在するわけで、たまたまチケットが取れなかっただけで、当選していて観劇できなくなった人だけが特別扱いされなければならないという理由にはならない。

 よって、これに関しては「お門違いでは?」とは思う。

 (その辛さをSNSに吐き出す権利はあるので、それは止められないが)

 それに、そのような人たちに向けて彼らは動画を発信している。

 内容云々はともかく、とても“特別な対応”をしたということだ。

(これに関して、「同様の状況になった他Gは、もっとこんな対応をしていた!見習え!」的な発言をしていた人がいたが、ゾッとする。恐怖以外の何ものでもない)

 これは今のSNSが発達している時代の恩恵と弊害だが、ともかくSnow ManはこまめにファンのSNSをチェックしていて、その都度できる対応をしてくれている傾向があり、私たちは「それが当然」という、非常に贅沢な感覚にまみれているフシがある。(おそらく、そうするのが当然と思っている人が多いのだろう。この時代のアイドルなど、SNS等を公式に持つ方々は本当に大変だと思う。しかし、今は持っていないといけない時代なのだろう)

 

 また公演申し込みの案内にて『※公演スケジュールは変更となる場合があります。あらかじめご了承ください』と記載がある。

 これは中止になる場合もあるということだ。

 チケットを申し込んだ人は、これを了承して申し込んだことになる。

 よって中止になったからといって、主催者側がきちんと返金などの対応をしているならば、「何かその代わりになることをやれ」「悲しんでいる私たちに寄りそう納得がいく言葉や動画をよこせ」というのはおかしい話なのだ。

 

 あと、何かしらの理由で公演の演目がカットされたらしく、そのことに関して「休憩時間を10分くらい短くすればできるんじゃない?」的なことがSNSにて書かれていて愕然とした。

 この人は自分が演目をしっかり見ることしか考えておらず、主催者側、とくに演者側のことをまったく考えていないのだなと思った。

 私は残念ながら「滝沢歌舞伎」を観劇したことがないのでわからないが、ほぼ毎日、時には1日2回の公演をこなすのは、演者にとって非常に体力的にも精神的にも大変なことと考えるが、違うのだろうか。

 そんな演者たちにとって、“10分くらい”の休憩でも毎日積み重なることを考えると、体調維持などに必要な時間だと思うのだが、違うのだろうか。

 約2カ月間、90ほどある公演を、他の仕事もこなしつつ、ラクラクとやれる人たちなのだろうか。Snow Manというのは。それに関わっている他の出演者の方々も。多くの裏方の方々も。

 それならば、そのように貴重であろう休憩時間を、“10分くらい”削ることも簡単だろう。

 そうであるというならば、「休憩時間を削ればいい」という意見に賛成できない私が間違っているということだ。

 謝罪しておこう。

 

 

 それに、“なぜ”その演目がなくなったかということを考えるべきだ。

 彼らがテキトーに「これ、やめちゃっていいんじゃね?」と軽い口調やノリで決める人たちだとでも思っているのだろうか。

 演目を変える、あるいはやめるということは、何かしら深い理由があるのだと思う。

 観客のことを考えて考えて、できるだけ楽しんでもらえるよう、最善を見せようとしてくれている結果だと思うのだが、彼らはそんなことを考えない人たちだというのだろうか。

 そうであるならば、私が間違っているということだ。

 謝罪しておこう。

 

 

 観劇する側、お金を払ってチケットを購入した客が完全に望むように演者が行動しなければならないとするならば、エンターテインメントは成立しなくなるだろう。

 もちろん「もっとこうしたほうがいいのでは」という意見を言うことは、彼らがより成長するキッカケになる可能性もあるのでいいとは思うが、ある程度「なぜそう思うのか」という根拠を示しながら伝えるべきではないかと思う。

 自分側だけでなく、相手側のことも考えてみる。

 たとえ憶測であっても、間違っていたとしても、考えないよりはマシだ。

 これができない人がいるから、SNSを介して自殺者が出る、イジメが起きる、17歳の少年にあんな文章を書かせてしまうようなことが発生するのだ。

 

 

 また今回のような事態が発生した背景には、この公演がプラチナチケットと言ってもいいものだったからということもあるだろう。

 今回の公演がすべてきちんと開催されていたとするならば、単純計算で約12万人の人が観劇できるはずだった。

 しかしファンクラブ人数は40万人を超えていて、これだけでもファンクラブの人全員が見に行けるわけではないことがわかる。

 またイープラスのサーバーがまったく機能しなかった、一般発売も何時間も電話をかけ続けてやっと、あるいはかけ続けてもダメだったといった事態が発生していたことからも、いかに今回の公演のチケットが入手しにくかったかがうかがい知れる。

 

 つまり。

 もうSnow Manはその程度のキャパで公演し続けることは難しくなってきたといえる。

 

 では、キャパをアップして『滝沢歌舞伎ZERO』を上演すればいいのではという話になる。

 私は舞台に関わる仕事もしていないし、それらに関する知識があるわけでもないのでわからないが、ライブとは違って『滝沢歌舞伎ZERO』は独特の機構を使用していたりするようだし、もし新たに大きな会場を使用するならば、最初から舞台を作り上げるのと同じことになると思う。

 毎年春にそのような上演ができる会場があるかどうか、私にはわからないのでなんともいえないが、そのような会場がない限り、『滝沢歌舞伎ZERO』はキャパをアップして上演はできないということだ。

 

 それに会場が大きくなったからといって、演者の体が大きくなるわけではない。

 その大きくなった会場の一番後ろの観客が、肉眼で舞台で何が行われているかをやすやすと見られるかというと、それは難しいと考える。

 

 では公演数を増やせばいいという話になるが、これも自分自身がSnow Manではないのでわからないが、だいたい1カ月に40公演、ほぼ毎日、2公演ある日もある、それを3、4ヶ月やり続けることができるというならありえない話ではないのかもしれない。

 連続ドラマ、映画などに出演するチャンス、ライブが開催される可能性、テレビ出演などの機会は減るだろうが。

 ラウちゃんにいたっては、もし大学進学していたとしたら、ほとんど学校に行けないだろうが。

 

 そう考えると、また今年と同様の規模で来年『滝沢歌舞伎ZERO』が開催されたとして、また今年のような事態が発生したら、またSnow Manに私たちの本音があふれまくった声が届くわけだ。

 来年コロナが収束しているとは限らないし、考えたくもないがコロナ以外の理由が起きて中止になる可能性だって完全に否定はできない。

 だって今回も誰もコロナで非常事態宣言が出て公演が中止になるなんて予想していなかっただろうし、予想していたとしても確実に発生するとは言い切れなかっただろう。

 あと、もっとファンが増える可能性も高い。

 

 もし来年また開催予定が中止になったとして、またこのような事態が繰り返されたとしたら、私たちの声をSnow Manは受け止めようとするかもしれないが、運営側は開催しないほうがましだと考えてしまうかもしれない。

「なんで、こんなに真摯にエンターテインメントを届けようとしているSnow Manにそんな思いをさせなくちゃいけないんだ」と考えてしまうかもしれない。「しかもファンから」と。

 だから出演させないようにしようと考えてしまうかもしれない。

 もう『滝沢歌舞伎ZERO』を卒業させようと考えるかもしれない。

 

 Snow Manが『滝沢歌舞伎』の主演を務め始めたのは2018年。

 去年は映画になってしまったが、今年で4回目。

 来年で5回目。

 …………ありえなくないと思ってしまう。

 来年、Snow Manは『滝沢歌舞伎』の主演を後輩に譲っているかもしれない。

 

 今回のことで、この規模の会場で自分たちが主演すると、多くの人を悲しませてしまう可能性があると気づいてしまったから。

 多くの人に見てもらえるエンターテインメントを届けようと考えてくれるだろうから。

 

 私たちを悲しませないように。

 

 もしそうなったら今回のことは、私たちファンが自分自身で、自分たちが最高に楽しみにしていたSnow Man主演の舞台を消滅させるということになる。

 Snow Manが大事にしてきた舞台を降板させるということになる。

 ふっかさんが愛してきたお丸を、もう演じさせてあげられなくなるということになる。

 

 かわりにもっと素晴らしい舞台を提供してくれたとしても(彼らなら、きっとそうするだろう)、ひとつの形を失わせてしまうことには変わりはない。

 もしそうなったら、私たちは自分たちがそうさせたのだという自覚を持たなければならならない。

 

 それとも「大きい会場でやってもらえてよかったね♪ 見れる人が増えてよかったね♪」と、ただ喜べばいいのか。

 

 そうなのか。

 それがファンというものか。

 

 

舘国王様へ

(『ガンバラナー』『オトラクション♪』『THE夜会』のネタバレがあります)

 

 

 

 

 

拝啓

 

 春たけなわの頃となり、ますますご隆盛のことと存じます。

 

 まずは舞台『滝沢歌舞伎ZERO 2021』の開幕おめでとうございます。

 まだ始まったばかりですが、最後の公演まで無事完遂されることを願うばかりです。

 残念ながら私は足を運ぶことが叶いませんでしたが、舘様が「ダテタマ」という新しい役柄に挑戦しているとのことを耳にし、ますます観劇できないことに悲しみを感じつつも、その常に向上心とチャレンジ精神を失わないお姿に、こちらも奮い立たされる思いです。

 私も時給に見合わない仕事量に舌打ちしないようにいたしたいと思います。

 

 

 また『ガンバラナー』『オトラクション♪』を拝見させていただきました。

 どちらも最後を、オチを決められていて、そのバラエティ力の高さに感心いたしました。

 チラリと聞き及んだところでは、『ガンバラナー』で共演された“ニューヨーク”様が、すぐにお笑いの舞台に立てるほど面白い人だったとおっしゃっていたとか。

『ネプリーグ』でも、オチを持っていかれるご活躍ぶりでしたが、このように立て続けにフィナーレを飾られるのを見ると、国王の本気が、そして実力がどれほどのものかと世間に知らしめていらっしゃって、国民としてはとても誇らしい気持ちになります。

 しかも短時間で美しいしぐさで音符を正確に並べられ、またハイブランドのお洋服が好きという、そのアートセンスの良さもきちんとアピールされて、ただ“面白い”人間なのではなく“セクシー、ロイヤル、美しく”をモットーとする気品あふれる人間であるということを示されるところはさすがでございます。

 

 

 それと『THE夜会』にて「自分が愛さないと誰が自分を愛してくれるんですか!」と叫んでおられましたね。バラエティ的には「グッジョブ!!」でしたが、国民としてはそのような思いをさせてしまっていたとはと大変申し訳ない気持ちになりました。深くお詫び申し上げます。次々と、それはそれは多くの国民が「私が愛します!」と声をあげておりましたが、御耳に届いてますでしょうか。

 

 

 最近、新しい趣味としてフィルムカメラを始められたとのこと。

 人物は写さないとのことでしたが、ひとつお願いがございます。

 いつか国王を含めた8人の写真集を出すPhoto Boyの姿だけは、撮影していただけないでしょうか。

 彼は撮影するばかりで、自分自身が写ることは少ないと思うのです。

 しかし国王を含めた8人の表情や姿を収め続けているPhoto Boyの、そんな彼の表情や姿も同時に収めていただければと思うのです。

 もちろん我々がそれをできるなら、そうさせていただきますが、国民にはとても叶わないことです。

 ぜひそのアートセンスで、たったひとり写す人物としてPhoto Boyを撮っていただけないでしょうか。くれぐれもお願い申し上げます。

 

 

 それでは、いつか謁見できることを心待ちにいたしつつ、ここで失礼させていただきます。

 

 これからも御出演番組、御登場媒体は出来る限り拝見させていただく所存です。

 非常に楽しみに、また糧にさせていただいております。

 

 くれぐれも御身体にはご留意くださいませ。

 

                                敬具

 

                             いち国民より

 

二次元ヲタ最大の憧れになるかもしれない佐久間大介

 (※「ヲタク」「オタク」と二つの表記があり、いろいろと区別についても述べられているが、個人的に親しみがある「ヲタク」を使用させていただく)

 

 

 

 

 

『魔法の天使 クリィミーマミ』の初回放送を見た時の衝撃は忘れない。

 

「へっったくそっ!!」

 

 小学生だった私は、そう思った。

 

 後から知ったが、主人公のクリィミーマミこと森沢優の声を担当した太田貴子は、この時、まったく声優経験のないまま、声をあてていた。

 多少レッスンは受けたようだったが期間が短かったらしく、当時の関係者が頭を抱えるくらいのデキだった。

 だから小学生の私が「へたくそ!」と思ってもおかしくはなかったのだ。

 太田貴子クリィミーマミの声優になったのは、彼女が『スター誕生!』というオーディション番組きっかけでアイドルデビューしたばかりだったからだ。

 なぜデビューしたばかりのアイドルに声優をやらせてみようとなったのかは知らないが、当時アイドル活動していて声優をしていた人はいなかった。声優でアイドル活動をしている人もいなかった。

 そもそも自分の姿を表に出して活動する声優はほとんどいない時代だった。(俳優と兼業という方がいるくらい。しかもほとんどはテレビではなく舞台で活躍なさっていたように思う)

 だから、ヘタなのにも驚いたし、普通は表に姿を現さない声優がアイドルとして姿を表に出すのも衝撃だった。(ヘタなのに脇役でもなく、主人公(しかも2役!)の声優として抜擢されているのも衝撃だった)

 今思うと、声優アイドルというジャンルの礎を築いたのが、この太田貴子だった。

(その後、『メガゾーン23』時祭イヴの宮里久美さん、『アイドル伝説えり子』田村えり子の田村英里子さんなどが登場してくる)

 

 私は高校生ぐらいまで、いわゆる二次元ヲタだったのだが(今も適度に読むがこの頃ほどではない)、小中学生の頃は“ヲタク”という言葉もなかったし、なんとなくアニメやマンガが好きな子は今でいう“陰キャ”という性質が強かった。周囲の扱いもひどいもので、あまりおおっぴらにアニメやマンガが好きだとは言えなかった。

 SNSなんか当然ないので同志を地味に地味に探し、やっと見つけた同志と必死に隠れながら、その時夢中になっていた作品のことを語り合い、マンガの貸し借りをしていた。

 今でこそ“ヲタク”はポジティブにも受けとめられるが、“ヲタク”という言葉が表れ始めた頃は、どちらかというとマイナスを指す単語として登場し、なんとなく“イジメてもいい対象”的な、どこか蔑むような風潮があった。

 

 しかも当時の“ヲタク”はコミュニケーション力が低い人が多かったような気がする。私自身も人前で話すのが苦手だったし、いわゆる“陽キャ”の人と授業で同じ班で活動しなければならないなどの事態に陥った時などは地獄だった。

 そんなことを強いてくる学校というところが嫌いだった。

 

 そんな“ヲタク”生活を過ごしていたから、自分がアニメやマンガが好きですとおおっぴらに言えるようになったのは、とっくに社会人になってからだった。コミケもその頃には、なかなかの規模になっていて、自分自身が活動していたわけではなかったが、知人の手伝いに行ったりしていた。(その頃はまだまだ人が少なかった……といっても、幕張メッセが会場になったばかりの頃だったから、そこそこはいたんだと思うけど、入場も購入も並んだ記憶はないのよね。コスプレしている人もあまりいなかった……気がする)

 アニソンも有名アーティストが主題歌を担当することが増えて、アニメやマンガ、そしてそれを愛する“ヲタク”も市民権を得られたように感じたものだった。

 

 

 さっくんをちゃんと認識したのは、さっくんがまだJr.で、『アウト×デラックス』に出演した時だった。

 いわゆるアウトなジャニーズJr.として紹介されたわけだが、先駆者的にキスマイの宮田くんがいたこともあって「アニメヲタク」というところに関しては、さほどひっかからなかった。(内容がおもしろくないということではないので、あしからず)

 自身を“アウト”なほど「ヲタク」だと公言するのだから、さっくんの言動は当然といえば当然ではないかと感じたからだった。

 

 

 だけど、その“声”には驚いた。

 

「アニメ声じゃん!」

 

 私はそう思った。

 

 

 はたして声優でもなく、そういった分野の専門家でもない私が思ったことだから、正しいかどうかはわからないけど、ともかく普通の男性の声とは違うという印象を持った。

 

 よく通る。

 何か突き抜けるような響き。

 ハキハキとした滑舌。

 擬音の多さ。

 声のキャラが立ってる。

 

 

 そんなことを一気に感じさせられた。

 

 

『シブヤノオト』にSnow Manが出演した時に、MCの渡辺直美ちゃんがさっくんのしゃべりを聞いて「すごい、ひとりで演技をしてるかのような……」と、そしてチャンさんが「いい声で」と評していたことからも、彼が特殊な声をしてる部類に入れてもいいと思われる。

 

 声に特徴がある人はこの世にたくさんいるが、さっくんは明らかにアニメ寄りの声だと、私に思わせた。

 

 そんなさっくんは、長年苦労してジャニーズのグループの一員としてデビューしたにも関わらず、堂々と言う。

 

「声優になりたい」

 

 私はこれにも驚いた。

 

 それは彼が本心から言ってるところがあると感じたからだ。

 

 とうとう、太田貴子の時代のように

「アイドルがアイドルとして声優をする」のではなく、

「アイドルがアイドルとしてではなく声優をする」時代が来たのだ。

 

 そう思った。

 

 それに、さっくんが今ではとても考えられないほど、学生時代は“陰キャ”で、私たちの時代の“ヲタク”に近かったという話にも驚いた。

「勉強もできない、運動神経も悪い」と。

 そうなのだ。

「学校が嫌いだった」と。

 さっくんは、まさに“陰キャ”の「ヲタク」だったのだ。

 

 そんな彼は今、照くんやふっかさんに「うるさい」と言われるくらいしゃべり、“常に笑顔のニコニコ王子”であって、運動神経の悪さはそのままだが、「アクロバット担当」と自ら言わしめるほどの存在になっている。

 

 そして何より、デビュー組のジャニーズのアイドルになった。

 

 私の時代の“陰キャ”の「ヲタク」の定義からすると、とんでもない存在だ。

 ありえない。

 そんな“陰キャ”は存在するわけないのだ。

 だって、“陰キャ”なんだから。

 

 だけど、さっくんは、きっと私が想像もつかない努力と、アニメやマンガで培った表現力と感受性で“陰キャ”から脱した。

 いや、彼はそういう意味で“陰キャ”を脱するつもりはなかっただろう。

 あくまで“Snow Man”というジャニーズのアイドルの一員となるべく行動してきたことが、そういう結果を招いただけなのだろう。

 

 

 私の周囲で“陰キャ”から逃れようとする人の多くが、アニメやマンガから離れていった、あるいは離れている素振りをした。

 そうすることが正しいことのようだった。

 そうするしか“陰キャ”からは逃れられないような気がしていた。

 

 

 だけど、さっくんはそうしなかった。

 いや、そうするつもりもないんだろう。

 

「アニメヲタク」だからこそ“陰キャ”を脱し、「アイドル」だからこそ“声優”になろうとしているのだ。

 

 私たちの時代では考えられないことだった。

 でも、憧れていた。

「アニメヲタク」でありながら“陽キャ”と認められることを。

陽キャ”となって、マウントをとってくる“陽キャ”に、アニメ、マンガ、ゲームの話を突きつけて、マウントし返すことを。

 長年、私たちがずっとできないでいたことだ。

 

 

 さっくんは今、まさにそれを実現しようとしている。

 その真っ最中だ。

 

 誰もが認めるアイドルというものを商品としているジャニーズという株式会社の“陽キャ”の象徴ともいえる「アイドル」として。

 

 AKB48の方々でアイドルから声優に転身した方はいるが、完全なるアイドルのまま声優として活動している人は、私の狭い知識ではあるが、現在いないと思う。

 

 しかし、私くらいの人間が知るくらいの知名度で、完全なるアイドルという立場で声優にならなければ、それは「アイドルでありながら声優」とは言えないと思うのだ。

アイドル声優”という人はたくさんいるが、それは声優ありきのものであって、アイドルではない。

 

 さっくんは、先にも書いたように多くの人がそうだと認めるジャニーズ事務所のデビュー組の“アイドル”だ。

 その堂々と“アイドル”である彼が、かつて“陰キャ”だった彼が、ワンクール以上のレギュラーアニメのレギュラーキャラとしての声優を獲得した時、それは私たち“陰キャ”が憧れ続けていた存在となるのだ。

 

 

陰キャ”から脱し“陽キャ”の象徴であるアイドルとなり、

「アニメヲタク」であることを世間に突きつけつつ、

真のアイドルでありながらレギュラー声優として仕事をする。

 

 

 かつて息を潜めるようにして生きてきた二次元ヲタの、無謀と思われた二次元でしかありえないような設定の理想形を、さっくんは三次元化するかもしれないのだ。

 

 

 彼はその“声”で、まさにそのことを望んでいる。

 もう、現時点でその話がきているかもしれない。

 ともかく、近々、彼はそれを実現するだろう。

 

 

 

 そうしたら、私は堂々と自慢できるようになるのだ。

 かつて私にマウントをとってきていた“陽キャ”どもに。

 

 

「アニメヲタク」だったと。

 

 

「ゴイゴイスー!」な革命を起こした向井康二

 

 康二くんは“関西Jr.”だという自覚はあったと思うが、自分が“関西人”だという自覚はなかったと思う。

 

 私は日本人だが、普段「私は日本人だ」と考えながら暮らしてはいない。

 日本は、基本的に日本人で構成されていて周囲はほとんど日本人だからだ。

 日本に住んで日本人の中にいると、自分が改めて「日本人なんだ」と思うことはあまりない。

 

 同じように康二くんは大阪に住んでいた時に、自分が“関西人”とは思ってなかったと思う。だって、周囲が関西人ばかりだったから。(ハーフでもあるけど、とりあえず割愛)

 関西人の中にいて、自分が「関西人だ」とは思わなかっただろうから。

 しかし、Snow Manに加入して、自分は“関西人なんだ”と自覚せざるえなくなった。

 そして加入当初、そんな自分をどうしたらいいか非常に悩んだのではないか。

 

 関西はツッコむ、ボケるのが普通だ。日常生活だ。

 もちろん人によって程度があって、康二くんのボケもツッコみも、マイルドなほうだと思われる。

 それは多くの康二くん担が康二くんの魅力を語るときに、まず挙げるのが“優しい”だからだ。

 この“優しい”という言葉、人によっては「そう?そうでもないんじゃない?」と数人くらいは思うことが多いのだが、康二くんに関しては、たとえファンでなかったとしても、ほぼ100%の人が“優しい”と表現する稀有な人なのだ。

 まさに“優しい”と表現して間違いない人なのだ。

(ただ、ちょっとアホやとは思う。アホゆえ「あちゃー」と思うことはあんで)

 

 もし康二くんが、この“優しい”関西人でなかったら、Snow Manになじんでいくのに、非常に時間がかかった恐れがあった。いや、平均的関西人だったとしたら、なじめなかったかもしれない。

 いや、そもそも加入すらしなかったかもしれないと私は思う。

 

 私はデビューしてからのファンなので、それ以前のSnow Manを知らない。

 ただ、照くんが『Snow Man ASIA TOUR 2D.2D.』のMCにて「Snow Manは引っ込み思案 だし、先輩のコンサートで MC に出してもらう機会があっても後ろに下がって」と言われたと言及していたこと、あるファンの方が『SnowMan LIVE 2019~雪Man in the Show』にて、康二くん発信でおばちゃんコントを披露したのだが「康二くんがいなかったらありえなかった」と言及していたこと、これらから6人の時のSnow Manは、とても真面目に真摯にライブや舞台をこなしていて、バラエティ的要素はあまり感じられなかったと思われる。

 

 だから、真にボケることなんて当然知らないし、関西人にツッコまれた経験もほとんどなかったのではないか。

 

 しかしジャニーズの性質としてはバラエティの冠番組を持つことが、とくにデビュー組としては必須のような気がする。

 ライブや舞台、歌番組、ドラマのみでやっていく方法もあるかとは思うが、ジャニーズの冠番組は基本バラエティだ。

 今でこそ関ジャニ∞が『関ジャム完全燃SHOW』というなかなかコアな番組をやっているが(開始当初はもっとバラエティ感があった。『LOVELOVEあいしてる』『堂本兄弟』『新堂本兄弟』は、この前身っぽい感じがする)、国民的アイドル嵐が『嵐にしやがれ』『VS嵐』を活動休止するまでやっていたことを見ると、やはりバラエティの道を通らないわけにはいかないのではないかと思う。

 

 そうすると、どうしてもバラエティ力というものが求められる。

 しかも、どうしてもジャッジが甘くなってしまうファンではなく(ファンだからこそ厳しい方もいるが)、ファンではない人から評価されるバラエティ力を持っていないといけない。

 

 Snow Manにその能力がなかったというよりは、そういうことを求められていなかった面が強かったのではないだろうか。

 それがバラエティに触れる機会を減らしていたと考えられるが、デビューを見据えた場合、そこを強化する必要があると考えられた。

 

 舞台を数多くこなしていたので、アドリブ力はかなりあったと思う。だけど舞台はある程度ストーリーが決まっているというか、具体的な流れというものがある中で行われるのがアドリブだ。

 しかし、バラエティにはそれがない。

 

 ふっかさんやさっくんが頑張っていた面もあるようだが、二人もなかなか優しい人たちなので振り切ることができなかったのでは。

 またこの二人がツッコむのはいいとして、ボケた時にツッコむ人がいなかったのではないかと想像する。

 

 

 そこで“優しい”関西人、向井康二に白羽の矢が立ったのでは。

 

 

 ここに平均的関西人を投入していたら、あの「疑う」「計算する」ことが得意ではない、しかもほとんどボケ&ツッコみ文化に触れてこなかった、まさに東京Jr.出身のSnow Manはただただ困惑するだけで、とても気まずいムードが流れることになっていたと思う。

 でも、彼らは優しくて頑張り屋だから「うまく返せない自分が悪い」などと反省し、笑えないリアクションをしていた恐れがある。

 そんなことになったらグダグダだ。

 しんどい、しんどい。(byしょっぴー)

 お互いの良さを打ち消し合うことにしかならなかっただろう。

 

 だけど康二くんは“優しい”。

 

 そして、とてもバラエティ能力が高い人だ。

 

 康二くんは『まいジャニ』という番組で、多くのゲストの芸人さんにそのお笑いのセンス、バラエティ能力の高さをよくホメられていた。(他の子も含めてね)

 私も数年前に数回見る機会があり、康二くんの、他の子のように落としすぎない、蔑まない、皮肉らない“しゃべり”に、スゴイ子だなと思ったことがあった。

 あの関西にいて、“優しさ”を保ちながらの笑いを維持し続けるのは難しいところがある。

 今でこそツッコまない、けなさない、優しいお笑いが支持されてきているが(しかも、その発信のほとんどは関西人ではない気がする)、康二くんが関西Jr.を牽引している頃はまだ、厳しくツッコめるほうが正しいというか、そういうものだという空気があった。

 

 

 そのことを彼はもちろんわかってはいたと思うけれど、彼の“優しさ”はそれを許さなかったし、そのような笑いをとることができなかった。

 もしかしたら、この“優しさ”が康二くんをデビューから遠ざけてしまっていたのかなと思う面もある。

 

 デビューするということは、どこか計算高さやズルさ、またワガママさを持っていたほうが有利なことが多い気がする。

 しかし康二くんには、この要素がほとんどないと言ってもいい。

 

 もしかしたら、この“優しさ”が康二くんがグループになかなか所属できなかった、そしてデビューできなかった原因のひとつだったのかもしれない。

 

 康二くんはバラエティだけでなく、他にもいろいろなことができる才能あふれる人なのだが、しゃべっているわりにはそのことを口にしない。

 それよりは、他の子のいいところをアピールしてあげてしまう印象がある。

 まるで広報部長だ。(『それスノ』の年始のおいくら企画で実演販売士をあてはめられたのは、ある意味的確だったと思う)

 自分のことより、自分が大好きな仲間のことを考えて行動してしまう。

 そこがアイドルとしては、最大の魅力であり、最大の弱点でもあったのでは。

 

 

 

 そんな“優しい”関西人、向井康二

 

 ツッコまれる経験なんてなかったSnow Man

 

 ⇒ちょうどいいのではないか?

 

 

 

 タッキーが思ったのか、ジャニーさんが思ったのか、運営側が思ったのか、そのすべてが思ったのかはわからない。

 

 でも、Snow Manをデビューさせるためには、康二くんの“優しい”ツッコみが必要だと考えられた。

 まったくSnow Manにない要素。

 でも、エグいのやらゴツいのやら正統派すぎるのはSnow Manにそぐわない。

 Snow Manが素直に笑えるツッコみをし、Snow Manがツッコみやすいボケをすることができる人。

 Snow Manのバラエティ力を上げてくれる人。

 

 それが向井康二だった。

 

 

 その“優しい”ツッコみすら、当初のSnow Manは戸惑う面もあり、康二くんが加減を必死に見計らっていたフシがあるが、もともとアドリブ力が優れていたSnow Manは、個人差はあったものの対応していくようになる。

 

 そして、今となっては康二くんがツッコむどころか、ツッコまれる場面も多々見られるようになった。

 しかも、それがメンバー数人からではない。

 

 メンバー全員からだ。(程度の差があるのは個性だ)

 

 康二くんはSnow Manを、ツッコまれるだけでなくツッコむこともできる集団にしてしまった。ときにはボケるようにすらさせた。

 

 ものすごい進化である。

 

 康二くんは『それスノ』とともに、Snow Manを“優しい”バラエティができるグループにしてしまった。

 

 

ゴイゴイスー!」な革命を起こしたのだ。

 

 

 それは冠番組『それスノ』をもたらし、YouTube、それぞれが出演するバラエティ番組などで発揮されていった。

(『それスノ』の決定はデビュー前だったのではと思われる。サプライズ発表されたのが2020/2/16で、あの時点で九重さんのVTRができあがっていて、さらにはその時点で放送日が決定してたんだし、さらにいえば配信されることも決定してただろうし、少なくとも3、4カ月前には話が決まっていたと考える。もしかしたらデビュー決定する前後から、話は動いていたのかもしれない。そうなると、ますます康二くんのバラエティ力が信じられていたということになる。もしくはもう、そのことを見越して必要人材として康二くんの加入が決まったのかもしれない)

 

 そして、このようなコメントがされることが増えてくる。

 

Snow Manって、バラエティの時と、パフォーマンスしている時のギャップがスゴイ!」

 

 

 

 

 

 

 

 かくしてSnow Manの持ち味を殺さないまま、いや輝かせるほどにSnow Manのバラエティ力を上げた向井康二の「ゴイゴイスー!」な革命は成功に終わった。

 

 その革命は『それスノ』をたった1年で地上波へ、しかも深夜ではなく昼の時間帯へと導いた。

 YouTubeの会員登録数は100万人を突破した。

 Weiboもだ。

 

 

 康二くんもこの革命の成功を感じたのだろう。(マネに注意されたという面もあるらしいけれども)

ゴイゴイスー!」という武器を置き、新たに自分のオリジナルな武器を握りしめた。

(アイドルなので必要ないかとは思うところもあるが、関西人なのでいたしかたないと思うところもあり、どっちにしろ康二くんのしたいようにしてほしいというところに落ち着く)

 

 

 そして、革命の後は新しい国Snow Worldが起こされた。

 

 Snow Manはそれぞれの魅力と個性を磨きつつ、「ゴイゴイスー!」革命によって鍛えられたバラエティ力を持って、9人で肩を組んでさらに自国を拡大していくこととなった。

 

 既存ファンという国民とともに、新規ファンという国民を迎えながら。

 

 バラエティという大国を席巻するために。

 

 国民的アイドルを目指すために。

 

 

 その中で向井康二は、誰よりも伸び伸びと高らかに声をあげ続けるだろう。

 

 

 

 

 

「もみあげ手裏剣!」

 

 

 

 

大変だ! ゆり組がバラエティで機能しだしたぞっっ!!

 

 

(「それスノ」「ネプリーグ」のネタバレが盛大にあります)

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゆり組がバラエティで機能しだした。

 

 衝撃に備えろ!(byさっくん)

 

 

 

 最初は、しょっぴーだった。

 

「ストーン渡辺」は、まだ自分から狙いにいったというわけではなかっただろう。

 ただ純粋に石がおもしろいと言っていた面が強いと思う。

 もちろん見どころを作らなければらないという意識はあったとは思うが、彼はまだこの時、どこのVTRが地上波にのせられやすいのかということがわかっていなかっただろう。

 舘様にいたっては、そんなことを考える余裕もなく、ただただ一生懸命ロケをこなしていらっしゃったことだろう。

 

 個人的に「あ、わかってやってるな」と思ったのは、『それスノ』の最初のおいくら企画で“オーライ渡辺”を披露したときだ。

 しかし、これも彼にとってはまだ“お試し”だったと思う。

 ここで彼はしっかりとした手応えを得たのだろう。

 

 そして、まさに確信をもって狙いにいったのは、幼馴染である舘様がパラパラを披露した際の「いや、なんで?」であると思う。

 彼はここで編集のオチに使われるという素晴らしいコメントを残した。

 康二くんがガチ女子高生姿でパラパラを踊っているというのに。

 その横で舘様がバチバチに踊られて主役をかっさらったというのに。

 真にかっさらったのは、しょっぴーだった。

 

 これらの手応えを感じつつ、まさに狙いに狙いにいったのが『オリジナルスタンプ編』での床に倒れるリアクションだ。

 そして、これはシリーズ化される。

 制作側が毎回使いやすいポイントを、しょっぴーが創り上げた瞬間だ。

 自分の『それスノ』での立ち位置も明確にするという、素晴らしい所業である。

 まさに制作側が“使いたいタレント”になったわけだ。

 

 これを皮切りに、しょっぴーは『それスノ』で目覚ましい活躍を見せていく。

 バラエティを回すのが呼吸をするかのように自然な康二くんと、初冠番組『それスノ』を牽引していった。(康二くんの、このポテンシャルについては別記したいと思う)

 年末あたりの発売の雑誌で『それスノ』で一番活躍した人をメンバーが選んでいたが、それは康二くんではなくしょっぴーだった。(康二くんのバラエティでの振る舞いは当たり前すぎて、メンバーが選ばないほど完成しているものなのだ。だから、選ばれなくてもしかたないのだ)

 

 では、なぜ突然そのようにバラエティで活躍し始めたかというと、4月から実施されたコロナの影響でのステイホーム期間と、非常に残念ではあるが照くんの自粛が大きく関係していると思う。(これについては、また別の話なので詳しい言及は控えるが、ファンならば向き合わなければならないことだと思ってる。ステイホーム期間と重なってなかったら、デビューライブを8人で行わなければならない事態になる恐れがあったからだ。また多くの雑誌、CM等にも影響したと思われるので)

 

 

 デビューしたのは、その2、3ヶ月前の2020年1月22日。

 3月からはデビューツアーも開催予定で、『それスノ』の地上波放送もあり、Snow Manとしては「さあ、これからだ」という時で、まさに出鼻がくじかれた状態になった。

 さらに、そこに照くんの自粛である。

 

 ただでさえ、デビューするために長年苦労してきたSnow Man

 それぞれが非常に悩んだことと思う。

 中止になってしまったツアーやハイタッチ会。しかも、いつ実施できるかもわからない状態。

 冠番組が始まったというのにロケはできない。

 他にもいろいろな障害が立ちはだかった。

 そもそも“ステイホーム”しなければならない。

 外に出ることができない。

 メンバーと顔を合わすことすらできない。

 一番活動しなければならないデビューという重要な時期に、何もできない状態になったのだ。(それから、ほどなく彼らはリモートを活用し始めるのだが)

 

 その期間、しょっぴーはいろいろなバラエティ番組などを見て研究していたという。(雑誌等で言及されている)

 そこには、出鼻をくじかれた自分たちが、しかもひとり欠けている状態の自分たちが、どうやったらファンの心をつかみ続け、また配信とはいえ始まったばかりの冠番組をどうやって盛り上げたらいいか、彼は人生の中でも、もっとも悩み考えた時期になったのではないだろうか。

 

 そして、まさに背水の陣のような気持ちで『それスノ』に挑み始めたのではないだろうか。

 そこには「Snow Manなめんなよ」という、非常に物騒で、それでいて崇高なまでの意志があった。

 それがあの『それスノ』での活躍につながっていく。

 

 

 

 一方、舘様。

 彼はそもそも面白い方だった。

 これについては、多くの宮舘担の方々が素晴らしいブログをたくさん書かれているので、ぜひ検索して読んでほしい。

 非常に真面目であられるからこそ面白くなってしまうという不思議なタイプの舘様。(ちなみに私は照くんも、ややそのタイプだとにらんでいる)

 

 研ぎ澄まされたバラエティ感覚を持ち、その面白さにいち早く気づいた康二くんは舘様を輝かせようとする。

 舘様と一緒にTVあるいはYouTubeに出演する機会があれば、とにかく舘様にツッコみまくった。

 今までのジャニーズ人生でこんなにツッコまれる経験がなかったと想像される舘様は、当初戸惑っていたようだったが、連日のようにその洗礼に遭い、康二くんとプライベートでも共に過ごすことが増えたようで、そのツッコみに少しずつではあるが対応なされるようになる。

 

 パラパラを踊ったのは、舘様が本当に「番組を盛り上げたいから」だっただろうし、「仲間っていいよね」とおっしゃったのも、きっと狙っての発言ではないだろう。

 舘様は真面目で誠実なお方。

 いつも本気でいらっしゃる。

 よって、この時はご自身がこんなにウケることになるとは思いもよらなかったのではないだろうか。(いや、今だに“盛り上げた”としか思ってらっしゃらないかもしれない)

 

 こういう言いかたはなんだが、舘様は実はとても“いじりやすい”人なのだ。

 

 だからバラエティ畑で過ごしている方々は、舘様を見逃すことができない。

 それを最も近くで感じたのが康二くんなわけで、「こんな面白いもん、世間に見せんでどうする?!」となったのだろう。(私は個人的に、康二くんはバラエティタレントとアイドルのハイブリッドだと思ってる。………“バラドル”じゃん! 知ってる世代は知ってるやつや!)

 

 そのわかりやすい現象がメンバー全員で出演した『金スマ』だ。

 しかし、ここでの舘様は相変わらず真面目に、誠実にコメントをするだけで、自ら狙っての言動はなかった。

 ただただ、素直に康二くんに料理され、中居くんに捧げられただけだった。

 しかし“真面目なのに面白い”という、しかも本人がまったく自覚がないのに面白いという、なのに美しさと気高さは失わないという、まったくもって他に類を見ないポテンシャルを見せつけることとなったのだ。

 

 

 しかし一方ではYouTubeや『それスノ』で、舘様はジワジワと“狙い”を含んだ言動をなさるようになっていた。

 それは超名門バレー部のレシーバーのように、どんな言動も拾って拾って拾って拾って拾いまくる康二くんがいる安心感からだったと思う。

 

 何を言っても大丈夫。

 何をしても大丈夫。

 康二が受けとめてくれるから。

 

 また普段ほとんど会話も交わさない(らしい)幼馴染が、バラエティ時に素晴らしい“狙い”を定めた、しかもほぼ百発百中のポテンシャルを発揮し出したことも大きかったと思う。

『それスノ』では偶然なのか制作側の“狙い”なのかわからないが、隣に配置される二人。

 しょっぴーはここぞどばかり、普段はまったくおくびにも出さないくせに、「オレ幼馴染なんだぜ」とマウントを取りながら、舘様にツッコんでいく。

 

「ずっと1位のテンションなのよ」

「歌舞伎のポーズとかしないでよ」

「シンプルに言い訳じゃん」

 

 

 そして、よく見ればその反対側の隣には、かの関西人がいるではないか。

 

 

 

 左に渡辺、右に向井を従えた国王は、とうとう自ら出陣なさる。

 

 それが顕著だったのは史上初、同グループ内での対決となった『ネプリーグ』だった。

 

「俺の辞書に“消極的”という言葉はない」

「Party Timeだ!」

「No Party Time」

「どうだ深澤ぁ!」

 そして、トロッコでのカメラ目線……。まったくクイズに参加する気のないカメラ目線……。

 しかも「ごめんなParty Time」でオチまでおつけになったのである。

 

 地上波。

 ゴールデン。

 おそらく、ほぼ全国放送。

 

 国王が本気になると、“狙い”にいかれると、このような結果を残されるという実力を、まざまざと見せつけられたのだ。

 

 さらに康二くんが言うように銀髪になられたらキャラが変わられた(?)ようで、『それスノ』では「♪銀髪はじめました~」とにこやかに歌われる場面も。

 

 

「Party Time」はデビュー前からお使いになっていたわけだけど、ここで「これは使える」とお気づきになったようだ。

 それとも、これは長い長い時間をかけた伏線だったのか?

 向井康二の「もみあげ手裏剣」に対抗するための。

 果ては、ケンティーの「セクシー・サンキュー」も射程圏内に入れてらっしゃるのか?

 

 

 ともかく、左右に種類の違うツッコみ隊を従えた国王様は、いよいよ“狙い”をもってバラエティに挑まれるおつもりのようなのである。

 

『それスノ』は地上波、しかも日曜のお昼という時間帯で勝負を挑むこととなった。

 国王にとって相手に不足はないだろう。

 もちろん、このレギュラー以外でも、きっと戦場はいくつも用意されると想像する。

 

 

 

 おそらくSnow Manでは一番バラエティから遠い存在と思われていたであろう“ゆり組”。

 

 しかしそれが機能し始めると、番組を席巻してしまう。

 

 おそらく、この普段ほとんど言葉を交わさない(らしい)幼馴染が、阿吽の呼吸でバラエティを動かし始めると推察する。

 

 

 そう思うと、私は「ニヤニヤはじめ」てしまうのである。

 

 

 

 

 

 

 

(まったく気のせいかもしれないけど、『進め!電波少年!』の伝説のTプロデューサーと『それスノ』総合演出の𠮷野さんの声が似てるんだよなー。あと言い回しというか、しゃべりかたも。あと番組の性質もあると思うんだけど、予想外のところで𠮷野さんが姿表すとメンバーから嫌がられる(フリされる)ところとかも重なる。………伝説の番組になるかなぁ。……って、ただただ声が似てるってだけなんだけどね。わら)

 

 

呼び捨てにされるまでになった「好かれる人」深澤辰哉

(※YouTube「深澤辰哉の気持ち」についてネタバレしているところがあります)

 

 

 

 

 

 ラウちゃんがふっかさんを「ふっか」と呼び捨てるようになった。

 

「ふっか」というのはニックネームだから、正確には呼び捨てというのとはちょっと違うけど、「ふっかさん」と呼んでいたのが「ふっか」になったので、ちょっと呼び捨てって言ってもいいかな、と。

 めめちゃんと康二くんは「ふっかさん」と呼んでいるし。

 

 すげぇ。

 ふっかさん、すげぇ。

 ラウちゃんをそこまで信頼させたんだ。

 絶対的親愛を持たせたんだ。

 そして、ラウちゃんを完全なSnow Manのセンターに仕立てあげた………!

(もちろん、他7人のお兄ちゃんたちの力もありますが、一番の功労者はふっかさんだと思うので)

 さすが私を一発でオトした男………!!(←おこがましい)

 

 

 ラウちゃんとふっかさんが同じグループとして、正式に仕事をするようになったのは2019年の「SnowMan LIVE 2019~雪Man in the Show」や「滝沢歌舞伎ZERO」ということになるのだろうか。(YouTubeとISLAND TVはとりあえず置いといて)

 ともかく、それ以前に濃厚接触(←言いかた)はなかったと思われる。

 ということは。

 約2年弱で、ラウちゃんとの絆を、そこまで深めたということである。

 

 最年長と最年少。

 11歳差。

 

 なかなかである。

 

 確かに同じグループになったわけだし、親しくなり、信頼しあうのは当然かと思う。

 でもラウちゃんはいろんな経験のないまま、しかも高校生という状態でセンターという重責を抱えていたわけで。

 しかも新しく作られたグループではなく、他に加入者がいたもののかなり実績のある既存のグループに入るという、特殊な状態だったわけで。

 精神的負担はかなりのものだったと思う。(個人的にはここでの苦しみで、他メンバーとのキャリア差を帳消しにしてもいいのではと思ってる)

 

 もちろん、グループ全員が大きく支えにはなったとは思うが、初期にとくにラウちゃんを助けたのが、めめちゃんと康二くんだったと思う。

 というか、頼りやすかったというのが合ってるのかも。

 だって立場が同じだったから。

 でも、頼りやすいとはいえ彼らも加入組なのだ。

 

 そこで既存メンバーとの橋渡し役を担ったのが、私はふっかさんだったと思ってる。

 もちろん、それは彼がMCをやることが多いのと、最年長だったというのが主な理由だったとは思うが、私は彼が人に懐に入るのが上手というか、人あたりの良さがあるというか、どんなナメた態度をとってもいいと年下に思わせるような柔らかさがあるからじゃないかと感じている。

 

 もちろん、実際ナメたら彼はなかなか恐ろしい人だとは思うのだが、「ナメた態度を取らないと失礼」と思わせるくらい、人に安心と信頼をもたらすのが深澤辰哉なのではないかと思った。

 

 リーダー照くんだって、もちろんリーダーとして気を配っていたとは思う。

 でも照くんは、可愛がられてもいいが、決してナメられてはいけないキャラだし、その立場にいる。(これについては、いつか書きたいと思う)

 賢いラウちゃんは、ちゃんと照くんを可愛がって、リーダーとして接する。

 

 そんなラウちゃんだから、うまく立ち回ってしまう恐れがあったかと思うのだ。

 

 そつなく。

 適度な距離感で誰とでもなかよく。

 ビジネス的Snow Manのメンバーとしてのセンターとして。

 

 

 もちろん、照くんも、舘様も、佐久間くんも、阿部ちゃんも、しょっぴーも、そんなことはさせない人たちではあるけれど、以前も書いたように、ふっかさん以外は「疑う」「計算する」ということが苦手、いや欠落してるといってもいい人たちなので、賢いラウちゃんのそんな“擬態”に気づくのに時間がかかる恐れがあった。(と思う)

 

 ふっかさんはその可能性があることに、ラウちゃんの加入が決まって、そしてラウちゃんと話してみて早々に気づいたんだろう。

 その頭の良さがあるゆえに、ラウちゃんがそつなくSnow Manのセンターになってしまう恐れがあることを。

 

 ふっかさんが、そういうことに気づく人なんだなと確信したのは、春と年始に配信された「おいくら企画」を見ていたときだった。

 ふっかさんは、結構まともな金額を出してくる。

 それは世間の相場、つまり世間一般とはどういうものなのかということを知ってるということだ。

 阿部ちゃんはそういうことを知識として持ってると思うが、ふっかさんは肌感覚でわかっている人という感じがした。

 そういうことがわかるということは、世間や周囲が何を感じ、どう思っているかということをよく理解できる聡明さがある人なんだなと思った。(だから、あまり怒らないのかも。“わかる”から)

 これはふっかさんがジュニアを長くやってきていて、しかもタッキーによく叱られていたというところから培った部分が大きいと思う。

 

 お客さんがどう思うか。

 自分がどのような立ち振る舞いをしたら好まれるのか。

 Snow Manの中で、どのような役割を担ったらいいのか。

 

 それを必死で見つけようとしているうちに、自分のことも周囲のことも見えてきた。

 

 だから、ラウちゃんがそのようなビジネス的Snow Manになる恐れがあることにも気づいた。

 

 もちろん、ふっかさんはそれを望まなかった。

 そして最年長であることをおおいに利用した。

 Snow ManでMCを担っていたことも幸いした。

 ラウちゃんに力士の朝稽古かのように(←それくらい厳しく?したのではという表現をしたかっただけです。ハイ)

「こいよ、オレをイジってみろよ。そんなもんか? おまえは、その程度しか、最年長のオレをイジれないのか。そんなもんじゃねぇだろ。おまえの実力ならできるはずだ。来いよ。遠慮すんな」

と、ラウちゃんを優しく優しく追い込んだのでは。

 

 

 もちろん、ラウちゃんは最初からそのイジりの絶妙な加減や程度をつかめてはいなかっただろう。

 だから、ラウちゃんの言動に否定的な意見もあったかもしれない。

 もしかしたら、年功序列感覚の強い日本社会において、ラウちゃんのふっかさんに対する言動に、今だに眉をひそめる方もいるかもしれない。

 

 でも、もしラウちゃんがいつまでもふっかさんに対して、いわゆる先輩、あるいは上司に接するような態度を続けていたとしたら、Snow Manはあれほど魅力的なグループにはなっていなかったと思う。

 ラウちゃんが心置きなくふっかさんをイジるから、ラウちゃんがイキイキとし、ふっかさんもイキイキとし、そして二人からのそのイキイキパワーが波及して、メンバー全員がイキイキするのだ。

 

 ラウちゃんとふっかさんの間に、わずかでも年齢差とキャリアによる気づかいが存在していたら、Snow Manはうまく機能しなかったと思う。

 

 ラウちゃんがふっかさんを気づかうということは、他メンバー、とくに既存メンバーにもそのような態度を取る可能性が高い。

 そうしたら、どこか「気づかい」がある、ヘンな遠慮がある関係になってしまっていただろう。

 いや、時間をかければ、いずれ今のような空気感にはなっていたかもしれない。

 でも、ふっかさんは時間をかけたくなかったし、かける必要もないと考えた。

 

「自分を思いきりイジれるようになってくれ。そうすれば他メンバーとも、あっという間に家族のような、あるいは家族以上の関係になれるよ。そのカギはオレだ。開けろ」

 

 だてに最年長じゃなくて、メンバーのことをはじめさまざまなことをよく見ている、実はSnow Manの精神的支柱であるふっかさんが、ラウちゃんからそのような扱いを受けることで、他メンバーも心底安心したに違いない。

「ふっかをイジれるなら、もう何も気にすることはないな」って。

 そして自分たちも、リスペクトはあっても、遠慮はまったくない関係になっていく。

 

 

 マジシャンKiLaさんがふっかさんのことを「単純に好かれる人、応援される人なんだろう」と評していた。

 その言葉にメンバー全員があまりにも“当然”といった感じでうなづいていたことが、すべてを表している。

 

 彼を知った人はきっと、どんな人でも彼を好きになり、応援してしまうのだ。 

 

 ある意味、最大の人たらしの才能を持った人なのだ。

(だから彼と少しでも関わった人の中で、ふっかさんのことを嫌いな人はいるわけないと思ってる)

 

 

 そして、その直撃を受け、たらされまくった代表例がラウちゃんなのだ。

 

 私は最近、ラウちゃんがふっかさんを好きすぎて、「ふっかさんの専属プロデューサーなのでは」と思ってしまうことがあるくらいだ。

 

 よく見て。

 ふっかさんが何かすれば必ず視聴者にわかるように、ふっかさんがおいしくなるように反応しているのがラウちゃんだから。(あと、照くんもなかなかだけどさ。照くんは視聴者を意識しないで、ただただ純粋にふっかさんに反応してる感じもするから、ちょっと違う。康二くんも反応してるけど、彼は別次元だから)

 

 近々で言えば、すのちゅーぶ「深澤辰哉の気持ち」で、ふっかさんからもらったデニムジャケット脱ぎ捨ててオチつけてあげてるから。

 あんなに、ふっかさんが喜ぶことしてあげちゃって。

 あんなに深澤辰哉が輝くことしてあげちゃって。

 名プロデューサーじゃん!

 

 

 そんなラウちゃんをSnow Manのセンターに育てあげた深澤辰哉。

 実はSnow Manの中で最も世間に近い感覚を持ってる深澤辰哉。

 それゆえに、いろいろな人の気持ちを察することができる深澤辰哉。

 実はSnow Manの中心にいて、全員の背中を支え、時には押してあげる深澤辰哉。

 

 

 

 

 好かれないわけがない。

 

 

「ブス」と言ってくる人にどう対応しましょうか

 

 知人に、高校生のお嬢さんのことについて相談された。

 高校生の彼女はSnow Manのファンで康二担。

 詳細はわからないが、クラスメイトから「Snow Manってブスばっかだよね」と言われ、なんと言い返したらいいかわからず悲しい思いをしたということだった。

 

 そこで彼女のお母さまが、Snow Manのファンである私に「そんなこと言われたことがあるのか」「その場合、どう返しているのか」ということを尋ねてきたわけだ。(お母さまはSnow Manのことを存在は知っているという程度。ジャニーズに興味もないし彼らのこともよく知らないので、何とアドバイスをしてあげたらいいのかわからなかったそうだ)

 

 これって、誰のファンであっても起こりうることだとは思うのだが、ファンである対象がアイドルだと、とくに発生しやすい案件である。

 それはおそらく「アイドル=全人類がカッコいいと思うべき存在」という考えがあるからだと思う。

 

 まあ、これに関して結論的なことを言えば「全人類がカッコいいと思う」という時点で、もう不可能な話なのだ。

 だって、人はそれぞれの価値観や美的センスを持っている。

 自分と完全無欠に同等の価値観と美的センスの人なんて、おそらく存在しないのだ。

 

 その瞬間は一緒だったとしても、年数が経てば変わる可能性があるし。

 対象としているアイドルだって年齢を重ねていくわけだし、今はカッコいいと思ってなくてもいずれカッコいいと思うかもしれないし、その逆もあるかもしれないからだ。

 

 

 余談だが、外国人と感覚が違うと「文化が違うから」と納得しやすい。私は個人的には、自分以外の人間は外国人と同じくらい感覚は違うものだと思ってる。日本人だから一緒とは限らない。出身地によって食べ物の嗜好が違うことだってあるんだし(そうじゃないと「秘密のケンミンSHOW」という番組が成立しない)、ほぼ同じ環境で育った兄弟だって好みが違うことがあるのに、同じ親から生まれてもなければ、同じ家や土地で育ってもいない人が同じ感覚や価値観やセンスを持つなんて不可能だと思ってる。だから、ある意味、自分以外の人間は外国人と同じと思って接するようにしてる。

 

 だからカッコいいと思うかどうかなんて、ある意味超個人的感覚なので、クラスメイトが「ブス」と思ったとして、それはしかたないことだし、どうしようもないのだ。

 もしかしたら自分だって、クライメイトが「カッコいい」と思っているタレントなどを「ブス」と思うかもしれないし。

 だから、“お互いさま”状態になる可能性があることは忘れてはならない。

 となると、相手が「ブス」と思う感覚を否定することは、残念ながらできない。

  

 しかし、だから黙っていろということではない。

 

 自分がSnow Manのファンだと言っているにも関わらず、そのうえでSnow Manのことを「ブスだよね」と言ってきてるのだとしたら、下記の可能性がある。

 

①彼女がそう言われて傷つく可能性がある(実際傷ついている)し、傷つけようと思って言っている。

②彼女がそう言われて傷つく可能性がある(実際傷ついている)ことはわかっているが、自分の感覚を素直に主張したい。自分の感覚のほうが正しいと認めさせたい。

③彼女が傷つくと思わず、ただ単に自分が思ったことを素直に発言している。

 

 どれにしろ、重要なことは「彼女は傷ついた」というところだ。

 

 もし私がその彼女だったとしたら、

「私はあなたの言葉で傷ついたんだけど、それは私を傷つけるつもりで言ったの?」

と、まず尋ねる。

 

「そうだ」と言われれば、「これからもあなたの言葉で傷つく可能性があるから、これからあなたと会話しないようにするね。傷つきたくないから」と言う。

 だって傷つけようと思って言ってるわけだから、そんな人と仲良くする必要はないということになる。

 

「違う」と言われれば、どう違うか説明をきく。そして、そのうえでどういう関係性を築いていくか考える。

 

 また、こちらが「傷ついた」ということを伝えてはじめて、「あ、傷つくんだ」と理解する場合もあるので、とにかく「傷ついた」ということを伝えるのは最重要事項なのだ。

「え、自分がファンだって言ってるグループのことブスって言われて、傷つかないって思う人いるの?」と思われるかもしれないが、これ、結構いる。

 なので、ちゃんと「自分が傷ついた」と伝えることは大切なのだ。(だから、ラウちゃんも言うのかな)

 こういうところからも、とにかく自分以外は外国人と思ったほうがいい。

 

 ここで「傷つく」と伝えて、さらにおもしろがって言ってくるような相手だとしたら、もう関係を断ち切ればいい話だ。

 それは単なるイジメになるからだ。

 逃げたり、避けたり、相手にしたりしなければいい。

 反発や攻撃をしてもいいが、反発・攻撃は相手と濃密な関係性を築くことになるので、そこまでの相手かどうかを考慮すべき。

 

 

 あとSnow Manのことをブスと言われて悲しむ、まだピュアな高校生にはとても勧められないが、他にもスレた返しはいくつかあると思う。

 

・「うん、そうだね。でも私、人を外見だけで判断しないようにしてるから」

 (相手の意見を肯定。これで相手の攻撃を抑制。でも、あなたのように人を見かけだけで判断するような低俗な人間ではないというアピールも含む)

 

・「そうだね、ブスだね。これで満足?」

(相手の意見を肯定。これで相手の攻撃を抑制。しかし、ちらりと嫌味を入れる)

 

・「(心配そうな表情で)大丈夫? 誰かのことをブスだって言う人は、自分が言われて傷ついたことがある人が多いんだよ」

(これ、事実なことが多い。相手のためを思って言っている印象になるし、自分が「ブス」と言われたことがある黒歴史を披露することになるということに、相手が気づく)

 

 

 その相手との関係性がどれくらいのものなのかということも関わってくるので、それによっても変わってくるが、

 

・「(笑顔で)そうだね」

 (相手の意見を肯定するだけ。ほとんどは反発を期待しているので、相手の期待に沿わないようにする。不満そうな表情や声では、それが伝わって面倒になるので、笑顔で言うのがポイント)

 

のが、一番アッサリしてるし、会話がそこで終わりやすいような気がする。

 

 その後

「そう思うの? じゃ、何でファンなの?」

と尋ねられたら、Snow Manがいかに魅力的かということを原稿用紙10枚分くらいの勢いで語るといいと思う。(だいたい、それで10分くらいだから)

 Snow Manを「ブス」と言ってくるような自分の価値観を押しつけてくる人を相手にするのだから、せめてそれくらいの覚悟と熱をこちらも持つべきだ。

 

 というか、そこまで、その相手と関係を維持したい場合は、となるけれど。

 

 

 ほとんどの場合、そんなに関係を保ちたい相手ではないような気がするので、そんな人の言う「ブス」という言葉を気にするだけ、非常に多大にまったくもってムダな時間だと思う。

 

 人を嫌な気分にさせる人の言うことを、気にする必要ある?

 

 そんな人のために自分の時間を捧げてることになるんだよ?

 

 ムダじゃない?

 

 そんな時間があったら、Snow Manを楽しむほうがよっぽど重要だ。

 

 

 

 

 

 Snow Manを好きになると、自分が好きだったアイドルが辞めてしまった人の話を見聞する機会があるようになった。

 

 その悲しみ、辛さは、今のところ私は真に理解できない。

 その経験をしていないからだ。

 

 その人たちに対しても申し訳ない。

 その辛い経験を語って、私たちに後悔のないようにと伝えてくれているのに。

 私にはSnow Manを楽しむ時間が与えられているというのに、楽しまないのは、その悲しみを味わっている人たちに失礼だ。

 

 だからSnow Manを「ブス」だと言っている人たちに構っている時間はないのだ。

 そんな人たちに、自分の心を占領されている場合ではないのだ。

 その心の空間があるのなら、Snow Manで埋めるべきだ。

 

 番組を見ろ、HDDの容量を調整しろ、CDを買って聴け、特典ではしゃげ、ラジオを聴け、YouTubeを回せ、雑誌やグッズを買え、現場へ行け。

 今、自分ができることをして、Snow Manを楽しめ。

 たとえ彼らが永遠だったとしても。

 

 スノちゃんたちは露出が増えてきてるから、すべてを丹念に追うだけでも時間がないぞ。

 箱推しだと9人もいるから、本当に大変だぞ。

 

 そんな「ブス」とか言ってくる、スノちゃんたちの魅力をわからない不幸な人間を相手にしてると不幸になるだけだぞ。

 

 

 

 

 

 それに「ブス」とか言ってるってことはSnow Manを「見つけてる」ってことだ。

 そんな人は「ブス」とか言いつつ、番組出てたら見るぞ。雑誌に出てたら見るぞ。YouTubeに手ぇ出すぞ。

 なんなら「これブスだから、ぜひ見てみて」と(不本意な面はあるが)YouTube等を薦めるのもアリだぞ。

 そしたら、私たちは恐怖映像を見ることになるぞ。

 

 

『…………おわかりいただけただろうか。気づかないうちに沼落ちしていることに』

 

 

 

 

 

 

 

 

わら